スペインの醸造地で出会った手作りワインとおもてなし Visiting Ribero del Duero
ブドウの中でも「高貴」といわれる品種がある。ブルゴーニュのシャルドネとピノ・ノワール。ドイツのリースリング。北イタリアのネッビオロなど だ。お気づきであろうが、品種は一定の土地とタイになっている。 スペインの高貴品種と言えば、テンプラニーリョ(Tempranillo)という黒ブドウだ。リオハが歴史的にも有名な生産地だが、首都マドリッドに近い、リベラ・デル・ドゥエロ(Ribera del Duero)という新興地域でも、最高級のテンプラニーリョを生産している。こちらはドゥエロ川(ポルトガルの国境を越えると、ドウロ川Douroとなる)を挟んだ内陸地だ。
この地場は比較的涼しいリオハで育った場合、ストロベリートーンのエレガントな赤ワインになるが、リオハではこれにグレナッチャ(仏グルナッシュ)などをブレンドした上で、長期の樽熟成を施し、古酒にしたてる。 比して、 大陸性気候のリベラでは、真夏日には気温が摂氏40度まで 上昇するため、ブドウが良く熟成するが、 夜が涼しく、この昼夜の気温差がブドウに骨格とバランスを与えることになる。正にナパのカベルネの生育条件に近い訳だ。日光が強く、 皮が厚めに生育するので、色は濃い紫で、フレーバーはブラックベリー系のどっしりとしたワインに仕上がる。ブレンドをせずに、100%テンプラニーリョのものが多いが、リベラを世界のトップワインに押し上げたベガ・シシリア(Vega Sicilia)ワイナリーでは、これにボルドーから持ち帰って入植したカベルネを加えたりして、更に力強い洗練されたワインを作る。値段も評判も、ボルドーの一級シャトー(ラトゥール、マルゴー)と比肩し、一本150−250ドルくらいで取引されている。
ベガ・シシリアに続けと、この地域では近年ワイナリーの数と質が急上昇している。なかでも、ロバート・パーカーからスペイン初の100点満点を貰ったピングス(Pingus)のワインは、そのピュアな果実の凝縮度で特出している。とはいえ、庶民が飲めないワインを取材しても、余り意味はない。ということで、今回はこれらのハウスを素通りして、家族経営のブティックワイナリーを訪問した。案内してくれたのは、訪問の数日前にドイツのプロワイン(世界最大のワイン展示会)で知り合ったワインメーカーのホセ・アルバレズ氏。同氏は大学で教鞭を取る傍ら、地元の農業組合の醸造を指導するワインコンサルタントとして尊敬を集めている。
一日だけリベラを訪問したいという筆者の急な申し出に、同氏と、同氏が醸造を担当するハラミエル(Jaramiel)社のオーナー、ゴンザレス一族の手厚いスペイン風おもてなしは、心に残った。マドリッドから汽車で朝一番に到着すると、既に 車で待っていてくれ、 蔵と畑、そして周辺地域の視察。小さいながらも清潔で近代的な設備と、機材を動かしてまで醸造のユニークな行程を長い間、身振り手振りで説明して下さった英語の苦手なオーナーの真摯な熱意に打たれた。試飲したワインは、どれもアルバレズ氏の「混ぜ物なし、余計な介入なし」という作り方がストンと腑に落ちる 。同じことをリップサービスで繰り返すどこかの醸造かとは、まったく違う正直なワインである。
一日しか滞在しない筆者の、アドヴァイスや意見をじっくり聞きたいと、ランチに3時間半、 しかも地元在住の素敵な日本人女性通訳をわざわざご招待下さった挙げ句、夜はスペイン名物タパスバーのはしごを3時間、家族ぐるみでおつきあい下さった。時として辛口な筆者のアドヴァイスにも真摯に耳を傾けてくれた。こういう作り手を見つけ、良いワインに出会うたびに、長く辛い旅の垢を忘れて、来て良かったと思う。