MW(マスターオブワイン)になりたい?               @MW Symposium in Rioja

6月13日から4日間に渡って開催されるマスターオブワイン協会主催のシンポジュームに来ている。これは4年に一度開催されるいわばMWのオリンピック(だと勝手に位置付けている)。4年前のフレンツェでのシンポジュームに初めて出席したが、その時はWSET Diplomaを超高速で取得したばかりで、『MWになる価値があるか、MWとはどんな人たちで、どんな勉強ができるのか?』というテーマを持って、ワクワクと期待しながら出席したのを覚えている。その時の感想は、「なんて面白い人たち!勉強もやりがいありそうだし、やってみよ」だった。

 

今回はその時の私同様、WSET Diplomaの課程を終了した、或いは終了しつつありサンフランシスコの愛弟子2人と一緒に来ている。彼女たちには、ぜひ同じ体験をして欲しいと思っている。ただし、私の犯した失敗は避けるようにとアドヴァイスしている。その失敗とは、あまりにも超高速で様々なワインの勉強と資格を取ってしまい、あっという間に、MWのプログラムに入ってしまったこと。4年前にMWのchair personには「くれぐれも業界で経験を積んで、相当に知識と経験を得てから、プログラムに入学してください」とアドヴァイスされた。それは、私のように全くワイン業界での経験も、ワインメーキングやブドウ栽培などの知識もなく、簡単にこのプログラムに入った人たちの、その後の苦闘を見て来たからだったのだろう。が、せっかくの親心も馬の耳に念仏で、「私の人生の夢と目標は、すべて最速で達成して来たのだ」という斎藤ゆき美学(というか、蛮勇)で、さっさと入ってしまった。

 

今思うと、例えば大橋MWのように、業界の真っ只中で若い頃から修行を積み、何十年という経験と知識をベースにMWに挑むのが、正統だと思う。またMW協会としても、私のように勉強の成果だけでMWのプログラムに入る人ばかりが増えて、閉口しているのだと気がつく。実際、入学する資格はワイン業界での経験3年(私が入ったときは5年)と言っているが、多くに人は、単にWSETやワインスクールで教鞭をとったり、にわかワインライターやブロガーになって「業界経験」を積もうとしている。それをすべて否定はしないが、そういう人ばかりがプログラムに入ってくると、「あなたはなんのためにMWになりたいの?」と聞かざるを得ない。(実際、昨夜のMWヂィナーに同席した若いスマートな中国人の1年生に、偉そうに説教してしまった:(当人は完璧に同意して、痛く反省する始末。。。_)

 

そういうわけで、私が大切に育てたいと思っている弟子たちには、将来は必ずMWのプログラムに入って来なさい。但し、「大学レヴェルの化学、英語のエッセイ書き、醸造学とブドウ栽培の知識と実技(実際に畑に出て剪定や収穫を経験し、ワインも自費で作ってみる)を体得してから入ってくること。そうでなければ、即戦力で受験勉強にならないから」と諭している。しかも、私がプログラムに受け入れられた年から、受験生には過酷な「時間切れ制度」が導入された。つまりは5年以内にステージ1(一日の試験)とステージ2(四日の試験)を受験し、すべて合格しない人は辞めてもらうというもの。過去のMWたちは10年以上かかってなる人がいたが、今ではそういう贅沢はない。

 

ありがたいことに、弟子たちは私の意図を汲んでくれて、きちんと時間をかけて勉強をする意思があるようだ。それに、彼女たちは身近で、ここ数年の私の無茶な受験生活を目の当たりにしているの。それがどんなに人生の犠牲を伴い、どれだけ体力と経済力を必要とするかが痛いほど分かるらしい。。。とはいえ、今彼女たちの目に映るのは、輝かしいMWとその周りのトッププロの世界で、賞賛と憧れの眼差しだ。ウンウン。私もそうだった。その気持ちを大切にしたいと思う。

 

ちなみに、4年がたち、改めてこのシンポジュームに参加した私の感想といえば、『MWになる価値があるか?」という同じ質問を違う角度で自分に問うている。これは進歩かしらん

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