ワイン用と生食用の葡萄の、決定的な違いとは?
以前、単にワインをこよなく愛好していた時代に、大きな誤解をしていた。ワインにする葡萄は、渋くて酸っぱいものと思い込んでいたのだ。その誤解を生んだのは、(1)ワイン用の葡萄は、痩せた土地で育つという常識(2)当時の主流ワイン(フランス産)は大抵渋くて酸っぱかった事実(3)ワイン用の葡萄を食べたことがなかった、などといういい加減なベースだったが、恐らく大部分の人も同じような感想を持っていた(いる)に違いない。
今でこそ収穫期が近づくと、世界各地のワイン畑を歩き、葡萄を散々試食しているが、その味の深さや凝縮は生食用の葡萄など足元にも及ばない。もっというと、シャンパーニュのあの高い酸味は、北限の寒い地方の葡萄で育てた葡萄(ピノノワールとシャルドネが主)だから、そんな葡萄はとても生で食べられたものではないだろうと、勝手に思い込んでいた。事実は逆で、シャンパーニュにする前の(要は、アルコール発酵する前の)絞りたて果汁の美味しさといったら!どんな高級な生食用の葡萄(例えば巨峰など)を潰したって、あんな味わいはでない。その違いはどこからくるのか?
一番の違いは、粒の大きさだ。高級品種のピノノワールやリースリングと、巨峰を比べてみると、2倍ほどの違いがある。生食用は、実が大きいため水分が多い。比して、ワイン用は粒が小さいので、実(水)に対して皮の比率が高い。実は、葡萄の旨味と香りは皮にあるのだ。生食用は、食べやすいように皮を薄くして種無しにするが、ワイン用では皮は大切だ。白葡萄であれば皮に含まれる香り(アロマ)を、黒葡萄であればタンニンや色味を抽出するわけで、実が小さい葡萄は優良とされる。種も大切だ。なぜなら、葡萄の収穫を決める際には、葡萄の種を齧ってみて、「まだ青くて渋いか」、「熟れて茶色いナッツ状になったか」などが、大切な成熟度のバロメーターとなるからだ。
生食用の葡萄に求められるのは、大粒で、形がよく、ほどよい甘さがあることで、夏に入って上昇し続ける糖分と、反比例して下がっていく酸味の兼ね合いをモニターすればよい。翻って、ワイン用の葡萄の条件は、大変複雑だ。糖度を頻繁にモニターするのは、ワインの甘さの尺度ではなく、発酵後のアルコール度数を予想するためで、酸味を図るのは、ワインのバランスを保つとても大切な要素であることと、酸はバクテリアに対する対抗菌の役目を果たすからだ。糖度、酸度、pHは計測器を使って測れるが、「味の成熟度」の決め手に、方程式はない。葡萄を食べることでしか判断できず、正にワインメーカーの腕の見せどころでもある。
故にこの時期、彼らは畑の隅々を歩きながら、葡萄の粒をもいでは指で押して弾力をチェックし、齧りながら粒のジューシーさを味わい、皮を何度も噛み締めては旨味や香りの凝縮を確認して、最後に種を齧って最終的な熟れ具合を測るという作業を、何度も何度も繰り返す。とっくに収穫済みの生食用葡萄と違い、醸造用はまだまだこれから待つのである。これには多大なリスクが伴う。秋に入ると雨や急激な温度変化があるので、葡萄が腐ったり、水ぶくれする危険がある。それでも納得できる質を求めて、一年の労働をテコにかけて、待ち続ける。
だからワイン用の葡萄には高値がつく。興味深いことに、日本は世界で唯一、生食用葡萄の方に、圧倒的に高い値段をつける稀な国だ。一房一万円の高級葡萄が存在する国など、他にない。皮肉なことに、余った生食用葡萄で酒を作ってきた日本のワイン造りは、だから今でも遅れている。ワイン用の葡萄は、まったくの別物で、水ぶくれした葡萄など、ワインに使う国はない。この違いをしっかりと、認識してほしい。