シェリー酒発祥の地を訪ねる Visiting Jerez and Sanlacur
シェリー酒の取材で、スペイン最南西に位置するヘラス地域(Jerezはスペイン語でシェリーを意味する)に来ている。地図で見ると、イベリア半島の最西南。太平洋に面しているが、南の対岸には北アフリカが迫る。かつては海洋貿易で栄えた古都だが、現在ではスペイン国内で最も貧しい地域のひとつといわれている。とはいえ、シェリーワインの発祥地であり、今でも数世紀を経たボデガ(シェリーを醸造、保存する蔵)が町の中心に立ち並ぶ歴史と風情のある町並みだ。
シェリー酒は、「酒精強化ワイン(fortified wine)」といわれるワインで、ワインと違うのは、アルコール度の高いリキュールを加える(酒精強化)ことで、40度以上にも達する暑いスペインの夏や、遠くイギリスや新世界にながい船旅をしていた時代に、スポイルしないという手当てをしていることだ。ポルトガルのマデイラや、イタリアのマルサラも、同じ類の酒だ。シェリーのユニークな風味は、地場でしか育たない「フロアー(flor)」と呼ばれるイースト菌の活躍による。
この菌は、通常のワイン酵母と違い、常に酸素を必要とする変り種だ。普通のワインは、空気に触れると酸化する(お酢になってしまう)ため、樽に空気が入らないように常にワインで満タンにしておく必要がある。しかしシェリーの場合は、樽の1/6までしかワインを入れずに、わざと空気を樽内に閉じ込めておく。そうすることで、シェリー地方の蔵(樽も含む)に住み着くフロアー菌が、樽内のワインの表面に発生し、最後には表面を全て覆ってしまう。つまりはワインが空気に直接触れることがなくなり、酸化を防ぐというわけだ。この状態が長く続けば続くほど、パンが発酵しているようなイーストっぽい香り(俗にシェリー臭といわれる)や、塩っぽい海の匂いが漂う、フィノ(Fino)やマンザニア(Manzanilla)というシェリー酒になる。
シェリーはこういう超辛口の玄人受けするものばかりではなく、素人向けの甘口もある。そもそもシェリーにしろマデイラにしろ、大昔にイギリス人が自国(と植民地)の貿易振興のために作った酒で、そのために「酒精強化」という技を開発した経緯がある。甘口のワイン好きなイギリス本国では、甘いリキュールを加えて作るクリームシェリーの人気が高く、かくいう筆者もニューヨークの学生時代には、ひと瓶3ドルで買えたHarvey’s Bristol Creamを愛用していたものだ。
ちなみに、シェリーもフランスのシャンパーニュ同様、EUのワイン法で保護されており、「アンダルシア地方の、パレミノブドウ品種などの指定品種で、シェリー製法でつくったもの」を指す。パレミノというブドウは、日本の甲州やロワールのミュスカデのように、比較的凡庸であまり特徴のない品種だ。だからこそ、こういう特殊製法に向いていると言える。最高品質のパレミノが生産されるのは、「シェリースーペリヤー」という小さな地域。今回の視察でも、その地域独特の「アルバリザ」土壌を視察した。シャンパーニュに近い白っぽい土で、小石のような表土を手にとって握りしめるとボロボロと簡単に壊れる。要は、雨の少ないこの地域に不可欠な、水分の吸収と保存が良い土質で、真夏の暑いさなかにブドウの木に必要な水分を与えることのできるテロワールだ。近年はイギリスのシェリー離れが進行し、今後の生産が懸念される。利に聡い生産者は、シェリーから普通のワインの生産に切り替え始めている。こういうデリケートなワインこそ、日本食とのペアリングに活躍できないか?悩ましい限りである。